1日100食、ランチのみ限定の お店に学ぶこと。

2019.10.10 更新

    京都にある「佰食屋」というお店をご存じでしょうか?
    お昼のみ営業で100食売り切れ次第終了という潔さ。国産牛ステーキ丼専門店を皮切りに、今ではすき焼きや、肉寿司専門のお店、さらに1日50食限定の「佰食屋1/2」と展開を拡げている。
    今回は、この興味深いお店を経営して新しい働き方を提案し、注目されている中村朱美さんとおしゃべりします。

    <佰食屋とは>1日100食限定をコンセプトに、 ステーキ丼からスタートした美味しいものを手軽な値段で食べられるお店。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という、飲食店の常識を覆すビジネスモデルを構築し、飲食店におけるワークライフバランス(18時完全退勤・残業ゼロ)を実現。働きやすい環境を整えることで、現在シングルマザー・障害者・介護中の方・高齢者(70歳以上3名)も活躍中。

    計算無し。100のインパクトでスタート。

    中村朱美さん(以降敬称略):夫と私の2人で、2012年に当時持っていた貯金をはたいて始めたのがこの佰食屋です。元々夫は料理が得意で、定年退職をしたらいつか自分のお店を持ちたい、と言っていたんですが、私はそれにリスクを感じました。

    いつかやりたいと思っている間は美化された綺麗な物語ですが、実際に何かを始めるとなったらそんなに綺麗ごとだけでは終われない。定年退職後に貯金をすべてつぎ込んで、もしも失敗したらそれこそ取返しがつきません。再就職も難しいですよね。健康をいつまで維持できるか、という問題もあります。

    だから、結婚してからしばらく子どもを授からずに時間があったときに、「今、始めよう、始めるべき!」と決めました。
    私もまだ20代だったので、もし失敗しても再就職をできるし、「いつかやる」よりも「いまやる」方が、人生全体で考えた時には一番リスクが少ない。多くの人が「リスクが怖くて新しいことを始められない」と言いますが、私は「やりたかったことをやらないまま人生が終わってしまう」ことの方がリスクです。
    あの時やっておけばよかった、何も挑戦しないまま人生が終わってしまった、やりたいことは何だったのかな…なんて考えながら人生が終わっていくことの方がリスクで、恐怖だったんです。

    草花木果:なるほど。言われてみればその通りですね。それで、100食限定という魅力的なアイデアを考えたんですか?

    中村:考えたというか、思いついたという感じです。もともと夫は芸術家肌で料理人。良いものを創れますが、世の中に広めるのは苦手です。私は前職でPRの仕事をしていたこともあり、物は創れませんがプロデュースしたり自分が惚れ込んだものを世の中に広めるのは得意。二人いたからこそ、このビジネスを始められたと思います。

    スタートする時に意識したのは、お店をより魅力的に感じてもらう見せ方。100食限定を考えついた時点では実際に出来るか分からなかったですし、経営という視点で綿密に計算をしたわけでもありませんでした。お客さまに分かりやすいし、私たちも目指しやすい。世間にもアピールできそう。そんな気持ちで「100=佰食屋」と言うコンセプトが決まりました。

    自分の働きやすい環境を作ったら、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019大賞に。

    草花木果:なるほど。中村さんの会社は、シングルマザーや障害者の雇用、時短勤務、有給休暇の完全消化など超ホワイト企業ですよね。中村さんご自身も日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019の大賞も受賞されて。このあたりの組織なども、ビジネスを始める時から決めていらしたのでしょうか?

    中村:いえいえ。始めた当初は、夫婦二人と手伝ってくれる家族のみの小さな会社ですから。ただ、前の仕事を辞めた理由が、残業や長時間労働がどうしても解決できなかったことだったので、せっかく自分で始めるなら自分の働きやすい環境をつくろう、とは決めていました。
    今でこそ、働き方改革や多様性などが話題になりますが、当時はただ私の働きやすい環境を求めただけ。自分たちが心から働きたいと思う会社にしたいという気持ちでした。

    草花木果:なるほど。その気持ちは今も変わりませんか?

    中村:はい。でも、今ではもう少し使命感のようなものも抱いて仕事をするようになりました。
    始めた頃は、せっかくやるなら何かのトップになりたい、ランチタイムに絞ってトップになろう。自分の働きやすさを追求しようと動いていましたが、今では社会をよりよく変えていくために、何か自分の出来ることをしたい、役に立ちたいということも考えるようになりました。

    草花木果:具体的に、今、計画していることはありますか?

    中村:そうですね、この佰食屋で学んだことを福祉の世界で生かせないかなとは漠然と考えています。
    ここのところ景気の悪い時代が長く続いたせいか、みんな自分を守ることに精一杯で、他人に対して攻撃的で深い理解をしない時代になってしまっているように感じていて。もっとみんながハッピーでいられる社会になれるはずなのに…。

    草花木果:なんとなく分かるような気がします…、それはなぜだと思いますか?

    寛容性がこれからの時代にハッピーを運んでくる。

    中村:「寛容性」が失われてきているのではないでしょうか。寛容な心は、すべての潤滑油。
    たとえば、ひきこもりの方や社会で働きにくい方など様々ですが、なぜ働きにくいかということを突っ込んで考えてみると、本人の問題だけではなくて働きたいのだけど周りの寛容性が足りていないことが問題だったり、コミュニケーションのステップが越えられないということだったりします。でも、いきなり「皆さん、もっと寛容になりましょう!」と言ってもどうにもならないですよね。この寛容性をコーディネイトすることも、経営者の役割だと思っているんです。

    草花木果:経営者の役割? どういうことでしょうか?

    中村:寛容になりましょう!と言ってほったらかしにしても、絶対に無理。昔、教師になりたいという想いを持っていて教員免許をとったことも影響しているのかもしれませんが、人は教えられたことしかなかなか実現できないと思っています。
    実際に寛容に接してもらう経験があって初めて、どうやって寛容に接するのかを学ぶことができます。

    たとえば、わたしのお店では遅刻をしてきても怒られません。どうやったら遅刻が少なくなるか、みんなで考えます。
    出勤時間を30分後ろ倒しにしたり、いろいろなアプローチをとにかく全員で考えるんです。実際にアルバイトの大学生で、11時出勤でもいつも遅刻していた女性がいたのですが、仲間みんなでアイデアを出し合ってしばらく経ったら、きちんと生活のコントロールができるようになって落としまくっていた大学の単位も獲れるようになりました。1年ぐらいはかかるので、焦りは禁物です。1年間、周囲が寛容性を持っていられるか。どちらかというと私たちが試されているのかもしれませんね。

    草花木果:そんな時に、中村さん自身がイライラしてしまったりすることはないんでしょうか?

    中村:20代の頃はいつもイライラしていました(笑)。でも、先輩でいつも穏やかで素敵な方がいらしたので、イライラしない人への憧れはありました。少しずつ自分を変えてきたのかもしれませんね。

    草花木果:イライラせずに、何か悪いことが起きても良い方に切り返すための活力って何でしょうか?

    中村:私自身が基本的に負けず嫌いということもありますが、諦めなければ最終的には成功になる、と考えてあの手この手でアプローチすることでしょうか。
    成功の秘訣というのはなくて、ただ諦めなかっただけ。何か目標があって突き進んでいるというよりサーフィンをするように、波が来たら乗るし来なければ待機するだけです。大きな目標を立てないこと、も大切かな。

    草花木果:経営者の方って、いつも大きな未来を描いているんですね。私も、社会の一員として常に寛容な気持ちを持つことを心掛けたいと思いました。次回は草花木果の社長もおしゃべりしたいそうなので、ぜひよろしくお願いします。

    中村:楽しみにしています。

    中村朱美
    今回おしゃべりした方
    中村朱美さん

    1984年 京都府亀岡市生まれ。
    専門学校の職員として勤務後、2012年9月に飲食事業や不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。1日100食限定で、 美味しいものを手軽な値段で食べられるお店「佰食屋(ひゃくしょくや)」を2012年に開業、現在京都市内で4店舗展開。
    5歳長女・ 3歳長男の2児の母で、3歳長男は脳性麻痺で現在も自宅で1日3回のリハビリを続けている。